論語の概要と名言

皆さんこんにちは。

皆さんの中に小さい頃、親や先生に「年上の人物は敬いなさい」と教えられた経験があるという人は多いかと思います。

その我々の思想に大きく影響を及ぼしているものがご存知儒教です。

紀元前550年頃、山東省に生まれた孔子が唱えた思想が元となっており、春秋戦国時代とされた世の中で争いによって国を統べるのではなく、徳によって国を治める徳治主義を孔子は説きました。

それから孔子の弟子たちによって論語がつくられ、現在も私たちの考え方に深く根付いたものなっています。

今回はそんな孔子の思想から生まれた儒教を説明し、孔子の弟子たちによって編纂した論語の言葉もいくつか紹介していきたいと思います。

孔子の思想

孔子は広く多くの人を思いやる心をもつことが大事であると考え、これを「仁」と呼びました。

これは、親に対する自然な敬愛である「孝」を基盤としています。親に対する「孝」の気持ちが親から兄弟、周りの人々に広がり、人への思いやりの気持ちである「仁」になると説いたのです。

そして、「仁」が外面的にあらわれたものを「礼」といいました。

儒教の思想

儒教では、孔子の「仁」を基本にし5常と呼ばれる大切な教えを作りました。

仁:儒教の基本的な教え。人が求める理想

礼:「仁」を実践したときの行為やルール

義:私欲に惑わされない正義や正しい道

信:信頼や信用など、誠実であること

智:人が修めるべき教養や知識を学ぶこと

日本への伝来

古代中国に起源を辿る「論語」が日本に伝来したのは古墳時代であるといわれています。

4世紀後半、応神天皇は外国から新しい文化や知識を取り入れるため中国と交流し、そこで「論語」が天皇に献上されました。

その後、6世紀に仏教が伝来し、論語の勢いは徐々に落ちていきますが、中世では、日本最古の学校である足利学校などで論語は学ばれていきました。室町時代以降の戦乱の世では、兵法をひもとく「孫子」とともに論語が武士たちの間で人気を集めていきました。

江戸時代になると、幕府は儒教を擁立するようになります。その理由は「身分が高い者は目上の人を尊敬しなさい」という上下関係に厳しい儒教の思想を使い、幕府に反発する仏教勢力をおさえるためでした。

そうして5代目徳川綱吉政権のときには、全国15000の寺子屋や藩校で儒教が正学として学ばれ、広く普及されていきました。

論語

ためになる論語の一文を紹介していきたいと思います。

いわく、みちこころざし、とくり、じんり、げいあそぶ。

心が正しい方向へ向かうように心がけ、道徳を身につけて道から外れないようにし、慈愛の心を持つ。そしてその上で教養を楽しむ。そんな日常を過ごしたいものだ。

やりたいことややるべきこと、人として正しい道を目指し、実践の中で道徳を身に付け、利己的な考えをなくして他人のことを思いやる。そうして人間としての基盤が固まったら豊かな教養を身に付けようという人間が生きる上で欠かせない要素が凝縮した一文です。

いわく、君子くんしきょうにしてあらそわず、ぐんしてとうせず。

人格者は厳格だが他人と言い争ったりしない、広く交際するが徒党を組んだりしない。

 他人の意見を受け入れずに自分の主張ばかりする人は人格者とは言えず、また、自分の意見を曲げて周りの意見に迎合する人も人からの信頼は得られないでしょう。

自分の意見はしっかりと主張し、他の人の意見もしっかり聞いて受け入れようとする柔軟性を持つことが上手に人と付き合っていく方法であるという一文です。

いわく、しょう、こうなるかこう兄弟けいていゆうなり、有政ゆうせいほどこすと。まつりごとすなり。なんまつりごとすことをさん。

『書経』には「何よりも親孝行が大切で、親兄弟に篤く接すれば、それが政治につながる」とある。政治の表舞台に立つ必要があるだろうか。

『書経』とは中国最古の政治書のことで、儒教の根本教典の『四書五経』の『五経』のひとつです。

日常的に「孝」を実践していれば、親兄弟から、地域住民、政治に至るまで「孝」の連鎖が広まり、国の政治もよくなるだろうという意味が込められており、人が人とつながる始まりである家族を大事にしましょうという思いが入った一文です。

いわく、千乗せんじょうくにおさむるには、ことつつしみてしんあり、ようせっしてひとあいし、たみ使つかうにときもってす。

国家を運営するには、互いに敬意を表し、信頼関係を築くことが大切だ。物を大切にし、人には愛情を注ぐ。民を動かすには、自分の都合だけではなく、民衆の準備が整ったのを見計らうことが大事だ。

徳治政治を唱えた孔子は、国を治めるには秩序を保つことに執着するよりも、国民がどのくらい政治家を信頼できるかを重要視していました。君主が民を思いやることを決して忘れてはいけないと訴え続けたのです。

これは私たちの日常生活にも置き換えることができ、上司が思いやりを持って部下の社員を信頼すれば社員もこれに応え、会社のために張り切って仕事に励むようになります。

常に相手を思いやる気配りは人付き合いの基本であり、そうやって日々を過ごしていけばその心は家族、友人から会社、世界まで広がっていくのです。

いわく、ひとおのれらざるをうれえず、ひとらざるをうれうるなり。

周りが自分を認めてくれないと嘆くのではなく、自分が周りの人の優れたところに気づかないことを嘆くのが先だろう。

自分を気にかけてもらいたいと思っても、まず人は気に留めてはくれません。それよりも相手のことを気にかけ、興味を持ち優れたところを見つけることができれば相手も自分に興味を持ってくれるでしょう。
 急がば回れの精神が重要なのです。

いわく、けんてはひとしからんことをおもい、不賢ふけんてはうちみずかかえりみるなり。

自分より優れた人物を見たら、自分も追いつこうと発奮し、つまらない人間を見たら、自分もそうではないかと反省することだ。

人に対して妬んだり、蔑んだりしても自分にとっていい影響はありません。反省し自分を見つめながら生きていくことが大切です。
いかがだったでしょうか。
今から2500年前の人物であることにもかかわらず、孔子の言葉は私たちの胸を打つものが溢れています。
今でこそ儒教は年上に絶対に服従しなければいけないという考えがありますが、孔子は親に対してその考えを用いており、目上の人や上司に対しては、もちろん敬うことは大事だが目上の人も目下の人に「礼」を忘れてはいけないと説いています。
立場がどうであれ目の前の人に「礼」を持って接することが一番重要なことなのです。そのうえで自分の意見を持ち、正直に生き、教養を楽しむことが人生をより良くする方法なのではないかと思います。
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